紅猪口;紅の純度があまりに高いため、光の反射で緑色に見える。水筆で溶くと赤が戻る
美人をはぐくむ江戸コスメ
私たちのメイクポーチに必ずといっていいほど入るアイテム。
それは「口紅」でしょうか。
華やか美人の演出ツール・口紅の原料には、長らく和ハーブ「ベニバナ(紅花)」が用いられてきました。
室町時代までは上流階級しか手にできなかった「紅」。
のちの江戸時代にはベニバナの栽培・流通量が徐々に増し、〝街のコスメショップ〟紅屋が登場することで
口紅やおしろいなどのお化粧文化が、庶民にも咲き広がっていきます。
当時発売されたナチュラルコスメこそ、ベニバナの携帯口紅「紅猪口(べにちょこ)」でした。
それは手のひらサイズの器の内側に、本物の「紅」を刷毛(はけ)で塗り仕上げたもの。
あでやかな遊女が口元や目元に紅をさして華やげば、周囲はドキッとしたことでしょう。
匂い立つような魅力が噂を呼び、紅猪口は大注目のおしゃれアイテムとなりました。
ただし〝紅(の)花〟とはいっても、採れる赤色色素=「紅」の割合はほんの1%。
お猪口にひと刷毛分の紅を用意するにはなんと一千輪ものベニバナが必要でした。
江戸の紅屋では貴重な花素材を仕入れると、複雑な加工工程を経て、ようやく紅を取り出します。
そんな希少性や手間から当然のごとく紅猪口は高価な逸品に。
町娘にとっては手の届かない、憧れのメイクアイテムでした。
男性が意中の女性へ贈ることはイコール「本気の愛の証」とか…。
紅花(はな)の国を旅して
スタジオジブリの映画『おもひでぽろぽろ』をご覧になったことのある方は、お気づきかもしれませんね。
ストーリーに登場する紅花畑は「山形県」が舞台。ベニバナは今も〝(山形)県の花〟であり、大変貴重な「最上紅(もがみべに)」の産地になっています。
ベニバナはエジプトあたりを原産とする〝外来和ハーブ〟ですが、3世紀頃には日本国内に渡来していました。
良質な「紅」を作るのに必要な寒暖差と豊富な水、そして北前船(京大阪方面への輸送手段)の水運にも恵まれていたことから、江戸時代には米沢藩(現在の山形県南部)が商品作物として栽培を奨励。
以来今日まで、ベニバナがこの地を選び、良質な花を咲かせてきました。
最上紅の畑ではちょうど今頃、最初の花が開きます。その様子を称して地元山形では「半夏(はんげ)のひとつ花」と呼ぶそうです。たった一輪を合図に、黄色のさざ波が一斉に咲いていく…命の輝きが音もなく広がるさまは、想像するだけでもなんだか神秘的ですね。
「紅」の原料となるベニバナの花は機械で摘み取ることができず、一輪ずつ手摘みが必要になります。
やや細長い葉の縁は深く切り込んで鋭く、棘にうっかり素手で触ると痛い…まるで「私に触ると痛い目にあうよ」と言わんばかりです!そのため花摘みは現代でも、朝露が降りて棘がまだやわらかい早朝のうちにしかできない作業です。
ベニバナ色のじゅうたんは山形の夏の立ち上がりを告げる花便り。短い花期を逃さないよう、人の力だけで一気に収穫していきます。
ベニバナ(キク科);咲き始めは黄味が強い花も、日を追うごとに赤色を増す
飲んでよし、まとってよし
ベニバナのすごさは、口紅だけではありません。
花びらを和ハーブティーでいただけば、身体の内側からキレイにする力も持っています。
昔から〝血の道を改善させる〟…つまり血行を良くする婦人病の妙薬として女性の一生を守り、冷え改善や月経不順、産前産後の浄血などに重用されてきました。私自身も紅花ティーを飲むと身体のぽかぽか温かさが持続して、その力をいつも実感しています。
また不思議なことに産地では、ベニバナを水洗いしても冷たさを感じにくく、ベニバナを扱う職人たちの手もとても美しいそう。血行がよくなり、栄養が爪先まで行き届くからではないかといわれています。
ベニバナの色もまた、日本人にとって縁起の良い〝ラッキーカラー〟と信じられてきました。赤(紅)は太陽や炎を連想させる熱いエネルギーの色、血液の色、つまり「生命そのもの」を象徴する色。
強い魔除けの力を信じて、花嫁の白無垢の内側には「紅絹(もみ)」と呼ばれる紅花染めの布をあてがったり(今もピンク色の長襦袢が多いのはその名残)、紅花染めのハンカチを懐に忍ばせたりました。また山形では今も毎年、「御料紅(ごりょうべに)」として皇室や寺社へベニバナを納めています。
彩ってよし、飲んでよし、まとってよし。
ベニバナに一生を守られてきた日本人、そして女性たちの想いを、花咲きの今にそっと重ねてみてくださいね。
ベニバナ染めは色とりどり。豊かなカラーマジックに心奪われる人も多い
このお話しをもっと詳しく知りたい方は
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