こだわりには、違った意味がある
「こだわり」という言葉は、現在、一般には好ましい意味で用いられることが多い。
たとえば、「細部にまでこだわりぬいた職人技」そんな職人さんが作ったものであれば、是非とも欲しい。
職人さんの特別な思い入れが、たくさんつまっていることでしょう。
一方で、「こだわり」という言葉を辞書で引くと、
「心が何かにとらわれて、自由に考えることができなくなる」
「拘泥する」
こだわりとは、元々は、このようなあまり良くないものを表す言葉のようです。
自然食品業界のこだわり事情
筆者の前職は、自然食品屋です。自然食品業界には、「こだわりや」がとても多くいました。
まず生産者の方がそうです。
周囲の大勢の農家は、慣行栽培、すなわち化学合成農薬や化学肥料を使っていますが、こだわりの農家は、極力農薬は使わず、肥料も有機肥料といった、自然に近いものを使います。
また、筆者のような自然食品を販売する職員や、消費者の方々も、「こだわりや」が多くいました。
「お肉はもう普通の肉なんて食べられないのよ、味が全く違うんだから。◯◯のお肉じゃない、抗生物質漬けや遺伝子組み換え飼料で育てたものなんて怖くて食べられないわよ」などと言うことも少なくありません。
安全なもの、地球環境にやさしいもの、そして動物たちにもやさしいことへのこだわりがとても強いのです。
こだわり過ぎると、スーパーのものは食べられなくなる
そんな中、正直にいうと、少々息苦しく感じることもありました。
なぜかといえば、こだわりにこだわり過ぎるようになると、普通の生活が送れなくなり、いささか窮屈になってしまうからです。
こだわりのお肉でなければ食べられないとなれば、街角のスーパーで売っているものは食べられませんし、ファミレスなどの気軽な外食も行けなくなってしまいます。
それでも、友人に誘われれば外食に出かけますが、お店に入っても食べられそうなものがないという事態になり、しまいには、友人と外食に行くことが減ってきてしまいます。
ただし、そういう筆者も今では、友人と食事に行っても、普通に食べています。
それには、年をとり角がとれて丸くなったこともありますが、実際には、生き方を変えたからであり、経験から学んだことがあるからです。
心が不健康になってしまうことの怖さ
経験を通して学んだことを一言でいうと、「こだわりにこだわり過ぎない」ということ。
こだわりを持つのは良いと思いますが、そのこだわりにこだわる、つまり執着するところまでいってしまうと、生きるのが苦しくなってしまうのです。
そうなってしまうと、健康志向のこだわりの自然食品をとっているのに、皮肉にも心は不健康となってしまうのです。
筆者は、さすがにこれでは良くない、やめようと思って、生き方を改めたのです。
新たな摂食障害とも言われるオルトレキシア*とは?
そういったこともあった自然食品屋を退職して20年近くになりますが、ここ最近オルトレキシアという言葉を時折耳にします。
それは、新たな摂食障害のひとつとも言われていますが、30代以降の女性に多いそうです。
オルトレキシアとは、1997年、アメリカの医師、スティーブ・ブラットマンが提唱したもので、「正しい食事に対する強迫観念」のこと。
「善行のように見える病」とも言っています。
先にあげた筆者の「こだわりに執着した」様態がさらに進行したものですが、無農薬で安全なもの以外食べられなくなり、そのため食生活が過度に偏ってしまい、健康を害してしまうまでになる、といったものです。
健康な食事への関心が病的な強迫観念とまでなり、社会からの孤立であったり、精神的混乱、さらには身体への害(胃腸障害や栄養失調など)をもたらす場合もあります。
ストレスをため過ぎず、自然のバランスを見習う
オルトレキシアとなると、やや極端な例とはなりますが、せっかくの良いと思われることも、そこに執着し過ぎると、マイナスの結果を招いてしまいます。
そうならないためには、ひとつには、ストレスを溜めすぎないことが重要。
なぜなら、多すぎるストレスは、執着を生み出しやすくするからです。
もうひとつは、自然に見習うこと。
自然の中にあるのは、きれいなものばかりではなく、安全なものばかりでもありません。
人にとっては害となる菌もあれば、危険なものや脅威もあります。
自然はそういった多様なものが集まり、絶妙のバランスで成り立っています。
私たちも自然を見習い、極端になり過ぎないように、バランスをとっていくのがよいと考えています。
*なお、心の病の診断基準として広く世界で用いられている「DSM」には、オルトレキシアは含まれていません。
この記事を書いた人
新行内勝善(しんぎょううち かつよし)
心理カウンセラー、森林セラピスト、精神保健福祉士。
東京メンタルヘルス社にて、メンタルヘルス相談や、心の病からの職場復帰をサポート。
職場復帰プログラムでは森林セラピーを導入。
また、スクールソーシャルワーカーとして小中学校の子どもたちと家庭をサポート。