たくさんの生き物たちが息づいている森
森にはたくさんの生き物たちが暮らしています。森は食物が豊富にある恵みの場であり、雨風をしのいだり、身の安全を確保したり、休息をとったりするための生活の場でもあります。
いま日本に住む私たちの多くは、実際には森で生活していませんが、身の回りの衣食住の原材料を少し考えてみるだけでも、いかに多くのものが森に由来しているのかがわかるでしょう。
でも、海は森とは関係ないだろう、そう思われるかもしれませんが…
海の恋人でもある森
『森は海の恋人』こんな素敵なタイトルをつけた本を出版された方がいます。なんとそれは、気仙沼の牡蛎(かき)の生産者の方で畠山重篤さんといいます。
この本では、おいしい牡蛎を育てるために海の上の森がいかに大きな恩恵を与えているかに気づき、山に木を植え始めたという話が載っています。
森は海のためにも絶対に欠かせないものであることがわかります。
森が安心できるのは
そう遠くない過去の日本では、今よりももっと森に近いところで、私たちの多くは生活していました。
この頼りになる森の記憶は、私たちの身体の中に脈々と刻みこまれています。このためもあり、私たちにとっては、森が安心できる場であり、森に行きホッとして安らぎを覚えたりするのです。(バイオフィリア仮説※)
森で歩きながらカウンセリングした結果
それでは、このように大きな恵みがあり、安心できる場である森で、誰かと歩きながら、お話をするとどうなるでしょうか?
きっと素敵なことがありそうな、そんな気がしてきます。
実は、森でカウンセリングをしたらその効果はどうなるのか? ということを研究している方がいます。東京農業大学の上原巌教授です。
ここで、その研究結果を少し見てみましょう。
①軽症うつを抱えたクライアントを対象に森林散策を行いながらカウンセリングを行ったケース 森林カウンセリングの結果、「食欲や睡眠の健常化」「自己受容および自己肯定感の促進」などが認められたそうです。
うつの身体症状として、食欲低下や睡眠の障害は非常に多く見られますので、こういった症状に対して有効性が認められるのはとても大きなことです。
また、うつ症状の根本には自己否定や自己肯定感の低さが大きく関係していますので、森林カウンセリングによって「自己受容および自己肯定感の促進」が認められたことも、非常に大きなことと言えるでしょう。
②アスペルガー障害(高機能自閉症)を抱えたクライアントを対象としたケース 森林カウンセリングの結果、「自閉性の緩和」や「コミュニケーション能力の向上」があったそうです。
森の中で新たな私を発見!
さらにほかのケースでは、「ずっと昔の幼少期の頃を回想したり、過去を顧みたりするなど、時間を遡った感情が表出する場合が多くあった」そうです。
この点に関して上原教授は、「室内では、クライエントの表面的、表層的な悩みの吐露が多いのに対し、森林では、深層的、本質的な感情が湧出することが多い傾向にあるようにうかがえた」とし、森林のもとでは、より開放された自己を体現する可能性があると言っています。
その理由として、「樹木、森林が無言であること、言葉を発しないという基本的な環境要素も大きく作用している」と言っています。
とても興味深い指摘です。つまり、今の社会においては希少価値さえ出てきている森という場が、私たちの心を開放することにも大きな影響を与えてくれている、ということです。
このことは1対1のカウンセリングに限らず、森という場を使った活動に共通して及ぼす影響となるでしょう。
そういえば、森の中でミーティングや研修会をあえて行う企業やグループも多くあります。森という環境は、新たなアイデアやコミュニケーションなど、何かを生み出すにはとてもよい環境と言えるでしょう。
※バイオフィリア仮説:ハーヴァード大学の昆虫学者エドワード・オズボーン・ウィルソンが提唱した説。ウィルソンは、バイオフィリアを「人間が他の生きた有機体と情緒の面で生まれつき密接な関係を持っていること」と定義した。
なお、バイオフィリアと対極をなすのがバイオフォビア。バイオフォビアとは「自然の刺激に対して生物学的に備わっている恐怖心」のこと。すなわち、蛇や蜘蛛に対して抱く恐怖反応がその例である。
参考文献:上原巌ほか(2017)『森林アメニティ学 森と人の健康科学』朝倉書店
この記事を書いた人
新行内勝善(しんぎょううち かつよし)
心理カウンセラー、森林セラピスト、精神保健福祉士。
東京メンタルヘルス社にて、メンタルヘルス相談や、心の病からの職場復帰をサポート。
職場復帰プログラムでは森林セラピーを導入。
また、スクールソーシャルワーカーとして小中学校の子どもたちと家庭をサポート。