疲れていたTくん、不登校に
Tくんは疲れていたのかもしれません、あるいは学校で友だちと何かあったのでしょうか。
小学校高学年の男の子Tくんは、ある日突然、学校に行けなくなりました。
熱があるわけでもなく、お腹が痛いなどどこか身体の調子が悪いわけでもありません。
それに、Tくんは身体も丈夫な方で、これまで風邪以外で休んだことはありませんでした。
Tくんに、「どうしたの?」と理由を聞いても何も言いません。様子を見ていて、これは何か変だなと感じるところがあったお母さんは、
「ダメなのよ、 学校はね行かなくちゃいけないの、ちゃんと行きなさい!!」
などと頭ごなしに言ってはいけないと直感的に思い、少し様子を見守ることにしました。
晴れた日の朝、森へ
次の日も、また次の日も、Tくんは、お母さんが優しく聞いてみても、困ったような表情をして固ってしまうだけで、学校に行けません。
3日くらいたった気持ちよく晴れた日の朝、お母さんはふと思いついて、Tくんと一緒にちょっとした山(森)に出かけました。
Tくんが住む街から、1時間と少しくらいのところです。そこは観光スポットでもありますが、朝早くはまだ人もまばらでした。
天気のよい朝の森には、何とも言えない心地よさがあります。
夜の間、ひっそりと寝ていた大地や植物たちが、朝陽を浴びて、思いっきり背を伸ばす、あるいは羽を広げていくような、そんな生命の躍動が感じられるときでもあります。
その山を登って行くと、Tくんが住んでいる街までをよく見渡せるスポットがあります。
Tくんとお母さんは「うちはあの辺りにあるんだね」などと指差して、話したりしていました。
Tくんは、自分の家のあたりを遠くから俯瞰(ふかん)して眺めていると、なんだかそこに住んでいる自分が感じていたモヤモヤが「かわいく」思えてきたというか、大ごとではないように思えてきました。
山では、Tくんだけではなく、お母さんもとても気持ちのよいひとときを体験しました。ふたりとも、表情は穏やかになり、頭は軽くなったように感じていました。
Tくんは次の日の朝、一瞬ちゅうちょしましたが、少し勇気を出して、お母さんに「行ってきます」と言い、以前のように登校していきました。
さて、このTくんの事例には、ストレス対処のための大事なポイントがいくつもあります。
1.心の不調に気づき、行動したお母さんのファインプレー!2.森で、朝陽を浴びること3.森の中を、軽く歩くこと4.今あるストレスから、少し遠くに離れること5.ストレス状況を、違った視点で見ること。俯瞰して見ること
1.心の不調に気づき、行動したお母さんのファインプレー!
これは実際にはなかなか出来るものではありません、お母さんのファインプレーです。
通常は「怠けてるの?」と思い、「学校に行きなさい!!」となります。
子どもは大人と比べるとまだまだ言葉が未発達であり、言葉で自分の状態をうまく言えませんので、まわりの大人が不調に気づくのは至難の技です。
無理をさせずにしばらく休ませてあげられたこと、その後タイミングよく外に出られたのも、ともに良かったところです。
2.森で、朝陽を浴びる
朝陽を浴びるとセロトニンは活性化します。
セロトニンは神経伝達物質のひとつで、心のバランスをとったり、心を安定化させることなどに関与しています。
セロトニンはリズム運動でも活性化しますので、軽く歩くというリズム運動も効果的です。
また、夜中から午前中の森は、フィトンチッドという植物から発せられる香りの濃度が1日のうちで最も高い時間帯でもあります。
フィトンチッドには抗菌・防虫・防腐効果があり、森の空気を浄化しています。人間にとっては、精神安定・疲労回復・リラクゼーションなどの効果があります。
3.森の中を、軽く歩くこと
上記2で記述しましたが、軽く歩くというリズム運動により、心の安定化に寄与するセロトニンが活性化します。
また森の中を歩くと、自然に動植物や景色に目が行きます。目が動くことは、脳にとってはマッサージのような効果があります。
このマッサージにより、思い悩んだりして緊張していた頭がほぐれてきたり、新たなアイデア浮かびやすくなったりします。
なお、うつむいて歩くと、文字通り「鬱(うつ)」向きやすくなり、気分は下向きになりやすくなります。
このため、気分がうつむきがちな時は、意識的に目をあげて、森の中の景色に目をやりながら歩いていくとよいでしょう。
4.今あるストレスから、少し遠くに離れること
ストレスの元から物理的に距離を置くことも有効です。
例えば、会社がストレスであるなら、休日に家でゆっくり休むのもいいですが、休んだ後にはちょっとドライブで遠くまで出かけていくと、いい気分転換になります。
5.ストレス状況を、違った視点で見ること。俯瞰してみること
これはカウンセリングでもよく行います。
専門的には「認知(ものの見方)」を変化させ「行動」も変化させることから認知行動療法と言っています。
見方を広げたり、柔軟に見るなどして、認知を変化させることが行動の変化へとつながっていきます。
Tくんは、山の見晴らしスポットから自分の家を見ていますが、これをきっかけにして、自分のストレス状況を俯瞰して(ロングショットで)見ることことができるようになりました。
かのチャップリンは、「人生はクローズアップで見れば悲劇、ロングショットで見れば喜劇」と言いました。
Tくんは、これまでクローズアップで自分の状況を見ていたのが、ロングショットで状況を見ることができて、心に変化が起こったのです。そして次の日の登校へと、行動も変化していきました。
1ヶ月後、再び森へ
なお、この事例にはまだ続きがあります。
Tくんは、また1ヶ月位して元気がなくなってきたのです。お母さんは、またすぐにTくんと一緒に山に出かけました。するとまたTくんは元気を取り戻していきました。
実は、この1ヶ月位というのは、森林セラピーに関する研究でも同様の報告があります。半日程度の森林セラピーの効果は約1ヶ月間持続する、というものです。
*文中の事例はフィクションであり、Sくんは実在している特定の人物ではありません。筆者が見聞きした様々な事例を元に作成した架空の事例です。
この記事を書いた人
新行内勝善(しんぎょううち かつよし)
心理カウンセラー、森林セラピスト、精神保健福祉士。
東京メンタルヘルス社にて、メンタルヘルス相談や、心の病からの職場復帰をサポート。
職場復帰プログラムでは森林セラピーを導入。
また、スクールソーシャルワーカーとして小中学校の子どもたちと家庭をサポート。