夜空の星を見上げて
夜空の星を見上げて突然ですが、「五節供(ごせっく)」というワードをご存知でしょうか?
これはもともと、古代中国の暦の節目に行なわれてきた季節の風習です。
特に奇数の重なる日はおめでたい反面、〈ハレ〉から〈ケ〉に向かう節目にもあたることから、邪気が入りやすい日と捉えられ、数々の祓い行事が催されてきました。七夕はそうした五節供のひとつにあたります。
きっと皆さんも7月7日に、七夕飾りを作って短冊に願い事を託したご経験もおありかと思います。
中国での七夕行事は、牽牛と織女の「星まつり伝説」に由来しています。
二人の仲があまりに良すぎて働かなくなるので、天の川の向こうとこちらに引き離され、一年に一度この日だけは会うことを許される…というあのストーリーです。
ちなみにこの時期、夜の空を見上げてみれば〈夏の大三角〉と出会うことができます。
現在の暦でいうと7月7日は梅雨の真っ最中ですから、雨の確率も多くなってしまいますが、旧暦は8月半ば(2018年度は8月17日)にあたります。
ご家族での帰省の夜に、避暑地の森で友人とキャンプをする夜に、夕涼みをかねて星を探してみてはいかがでしょうか。
星探しのポイントは、天の川を挟んで東側に、ひときわ明るいこと座のベガがあります。
ちょっと離れて輝く、わし座のアルタイル。
またこの2星を見守るように、天の川に居るのがはくちょう座のデネブ。
それぞれに〈織姫星〉、〈彦星〉、〈天の川星〉の和名がついています。
もし星々を見つけづらかったら、星座早見盤や携帯アプリを使うと便利です!
七夕の夜明け頃になると、織姫星と彦星が地平線へ一緒に沈んでいくように見えるから、二人の無事の出会いを見届けたような気に…。
日本の先人たちも夜空を見上げながらそんなふうに星の名を呼んだのだと思うと、なんだか素敵ですね。
梶(カジ)の葉で手習い
先述の「星まつり」とともに中国から届けられた七夕行事に「乞巧奠(きっこうでん)」があります。
もともとは織女の織物技術・お裁縫が上手になりますように、との願いを込めて行われたお祭りです。
江戸初期の俳句季語集『増山井』にも、「是は此国の風習に、七夕の歌を手向るに、芋の葉の露を硯に滴て梶に書也」という記述が見られますが、日本の宮中では詩歌の手習いに「カジノキ(梶ノ木)」を和紙代わりに用いて、葉の裏に歌を書きつけてきたそうです。
クワ科独特の分裂葉には、柔らかい筆文字が映えそうです。
(ちなみに一般市民はカジノキの葉ではなく、庭に普通にあるカキノキの葉を使ったそうです。)
その行為はやがて、江戸時代の寺子屋で文字や詩歌の上達を願う習わしになり、短冊に願い事を書いて星に手向ける私たちの風習へ、連綿と繋がってきました。
ところでカジノキの皮の繊維は、日本では古くから、布や紙の原料素材です。
使いやすいように田んぼのあぜ道などに植えられて身近な存在だったようですが、カジノキとヒメコウゾが掛け合わされてできた「コウゾ(楮)」の品質が良いため、次第にコウゾが和紙原料として主流になっていきました。
日本の「たなばた」
さて繰り返しますが、これらの七夕行事は遣唐使によって中国から日本にもたらされた外来文化です。
とはいえ、日本にオリジナルの季節の行事が全く無かったのかというとそうでもありません。この時期はちょうど、麦の収穫期にあたっています。
そこで収穫を祝う農耕儀礼が七夕と重なっていった側面があります。
例えば素麺は小麦が原料ですが、長いお付き合いを…の想いを込めた夏のご挨拶にと贈る風習が今もありますね。
もうひとつ、旧暦7月7日というとお盆の頃にあたります。
ナスやキュウリに棒を指して馬に見立てて家の玄関先に飾り、ご先祖様の霊をお迎えする…いわゆる盆迎え行事。7月7日の夜、機織りをする乙女たち(棚機津女;たなばたつめ)が機織り部屋に籠って布を織り、翌日その布にケガレを包んで水に流すことで、邪気を払ったといいます。
そうした棚機津女による祓いの行事が、中国由来の織女伝説と合流して日本人の暮らしに馴染み、7日の夕べ=七夕が「たなばた」と呼ばれて現在に至るようです。
なお、節目の折には旬の植物の生命力にあやかることも多いですが、日本の風土で育ちやすく手に入りやすい「タケ(竹)」は七夕飾りに欠かせない素材です。
“雨後の筍”ともいいますが、成長が早く次々と繁茂し、丈夫でまっすぐに育ちます。
春のタケノコは柔らかくて美味しく、材には抗菌作用もあり、カゴやザルなど日常の生活工芸品の材にもぴったり。
ちなみにタケは大型になりますが、木(木本類)ではなく、イネ科の常緑多年草に分類されます。
また七夕は「笹の節供(※1)」という異名も持ちます。
実はササ(笹)という植物種はなく、クマザサなど一般に“ササ”と呼ばれるものの総称を意味しています。
「笹の葉サラサラ…」という歌にも聞こえるように、葉のふれあう音が神様を呼び、依り代(※2)となった笹が、災厄を風にのせて遠くへ飛ばそうとする、そんな想いのありかが感じられます。
かつては日本各地で、行事を終えた七夕飾りを海に流す風習もみられました。
星と水と。天地を結ぶ季節の行事を、私たちも今の感性で楽しんでいきたいですね。
※1 節供(せっく)…節句。年中の節目を祝う日やその行事。または、その際に供される食べ物。
※2 依り代(よりしろ)…神霊が現れるときに宿ると考えられているもの。